うちの息子は三尖弁閉鎖症です。

先天性心疾患の息子との日々を綴ります。

38週6日で出産

おしるしに気付かずNST検査、検査中に陣痛と判明

2016/4/26 38週6日

本来は2日後の39日1日にバルーン・陣痛促進剤を使って分娩する予定で、NICUとも連絡をとっていたそうです。

しかし38週6日の朝、朝食後から鈍い腹痛。

食べ過ぎてお腹を壊したかなぁと思いトイレに行くと、薄ピンク色のおしるしが。

実際には、この時はおしるしとは思わず、何だろうと不思議に思っていました。

そのままNST検査へ。時刻は朝の10時頃。

検査中定期的に波を検知し、その度に私のお腹も張っていました。この時点で確か6~8分間隔でした。

でもまだまだ耐えられる痛みだったので陣痛とは思わなかったのですが、見に来た助産師さんに伝えると「それ陣痛だよ!」と言われて、準備をすることに。

準備している最中破水しました。

すぐに夫に連絡し、昼頃には来てくれました。

それまで体重制限もあり甘いものを我慢していたのですが、もういいだろうと思いドーナッツなどをバクバク食べて体力をつけてみました。

 

なかなか進まないので陣痛促進剤開始

子宮口5センチからなかなか進まず、12時半頃陣痛促進剤を投与し始めました。

促進剤を入れるとすぐに陣痛が強くなると想像していたのですが、私の場合はそうでもありませんでした。

息子の処置の関係でスタッフが揃っている日中に出産する必要があったので、夕方になっても進まない場合は一旦投与を中止し、翌日また開始すると言われました。

「この痛い状態で夜を過ごすのはさすがに嫌!」と思い、助産師さんのアドバイスに従いトイレに入りました。

なんでも、トイレの椅子に座る姿勢がお産を進めるそうです。

するとみるみる陣痛の感覚が短くなり、私はトイレから出られなくなりました。

30分ほどは動けず唸っていたと思います。

どうにか陣痛の合間に出て、分娩台に上がりました。

この時点でようやく子宮口8センチ。

ここから全開までが辛かったです。

ゴルフボールでひたすら夫に痛い所をグリグリしてもらっていました。

 

とにかく呼吸を意識したお産

陣痛に耐えている時、画面に出る赤ちゃんの心拍が下がってしまいました。

助産師さんから「ちょっと赤ちゃんがしんどくなっているから、姿勢をかえようねー。」と言われ、呼吸がしやすい体勢に。

それからはもう、「ただでさえ心臓がしんどいんだから、私がしっかり酸素を送って産まれやすくしてあげなきゃ。」の一心で、深い呼吸を意識し続けました。

おかげで、痛みに耐えながらもパニックになることはなく、赤ちゃんの心拍も維持でき、落ち着いてましたねと後から助産師さんに褒められました。

 

子宮口全開間際になると、周りが動き出す

夫にグリグリしてもらいながらどうにかこうにか痛みに耐え、子宮口全開となりました。

その間際になると、それまで助産師さん1~2人だった部屋に産科の先生や小児科の先生がぞろぞろと登場し出し、バタバタとし始めました。

「あー、いよいよなんだなぁ。」と感じたことを覚えています。

全開になってからは、3回いきんで無事に出産しました。

18時19分、初産婦にしてはまぁまぁ短い8時間半のお産でした。

息子がすぐに元気な声で泣いてくれたのでまず安心しました。

あらかじめ、出産したら夫と3人で写真を撮りたいと伝えていたので、それを叶えてもらいました。

産まれたての息子は、真っ赤で小さくて一生懸命泣いていて、「可愛い。。。」と思わず言いました。

大きなトラブルもなく無事に出産できて本当に良かったです。

そして、ずっと私の痛い所を強く擦ってくれた夫にはとても感謝しています。

その後私の出血が少し多くて貧血になり、しばらく動けませんでしたが、深夜には病室に戻ることができました。

 

意外に大きく2950gで出生

前日のエコーでは推定体重2700gほどでしたが、実際には2950gありました。

身長は48センチ。

ほぼ3000gまでお腹の中で育てられて良かったです。

手術を受ける上で、新生児の体重500gの差はかなり大きいそうなので。

すぐにNICUへ連れていく予定が、私が急に産気づいた為にNICUが空いておらず、急きょICUへ連れていかれました。

 

自宅安静生活からの、羊水減少による管理入院

少し更新が空いてしまいました。息子は元気です!

更新が滞っている間も毎日このブログへのアクセスがあり驚きました。

なんと、「三尖弁閉鎖 ブログ」で検索をするとかなり上位にこのブログがヒットするようになっています(2017/6/28現在)。

この心疾患のブログは本当に少ないのだなと実感しました。

できるだけ早くリアルタイムに追いつけるよう頑張ります。

(※最近、フォンタン判断のカテーテル検査を行い、おそらく進めるだろうと診立てです。正式にはカンファレンスをした上で決定し、次回の外来で教えて頂きます。同時に、厄介な肺の病気も見つかりました。詳しくはまた後日に。)

 

特にすることのない自宅安静生活

切迫早産による入院は終了したものの、出産までは自宅で絶対安静を宣告されました。

それから出産までの生活は、家から一歩も出ず(ゴミ出しも夫に任せて)、料理は椅子に座りながらゆっくり行う、というものでした。

出産の準備といっても、息子のものはNICUに預ける為に最低限必要な肌着・タオル・オムツくらいだったので特にやることもなく、日中はひたすらソファでゴロゴロしながらテレビやネットサーフィンをしていました。

 

息子の退院は全く分からなかったので、自宅で息子を迎え入れる準備は一切しませんでした。

出産後、通常であれば私は1週間で退院するので一人で自宅に帰ります。

その時、息子はいないのに赤ちゃんのものが家にあったらとても辛かったと思います。

妊娠中に心疾患が分からず、普通に赤ちゃんを迎え入れる準備をして出産し、その後判明して自分だけ自宅に帰る、となったらどんなに悲しかったでしょうか。

「産まれるまで分からないほうが良かった、その方が妊婦生活を楽しく過ごせた」という考えもあるようですが、私個人としては妊娠中に分かった方が時間をかけて覚悟を決めて勉強もできるし、出産後ハイの状態で疾患を告げられ、NICUだ手術だと言われる方が大変だろうと思います。

改めて、息子の心疾患を見つけてくれた産婦人科医に感謝します。

 

妊婦検診では、特に大きな異常はなし

2016/3/3 31週1日
  • 推定体重1912g
  • 頭大きめ(直径ベースで+4週、横幅があるのでそれを加味すると+2週)なので体重が大きく出るのかも
  • 染色体異常の可能性については、機能的な異常は見られないこと、体重が大きいこと(通常、染色体異常がある子は小さい)からあまり考えられない
  • 前回は大動脈弁が狭く見えたが、今回は割と広く見えたので、産まれてみないと分からないがすぐにノーウッド手術とはならないかも
  • 2/3の説明の手術手法2.だと手術回数は増えるが、心臓を止めるノーウッド手術が一番身体に負担がかかるので、それをできるだけ後(生後1,2か月後が目途)にした方が良い
  • 心室中隔欠損(VSD)の大小によっても手術方法が異なる。小さいとノーウッド型手術、大きいと大動脈形成+肺動脈バンディング
  • 卵円孔が狭小した場合(フォンタンまでは開いていないといけない)、風船のようなものをつけたカテーテルを入れるか、手術で広げることになる。卵円孔は薄い膜のようなもの。
※卵円孔を広げるバルーンカテーテル手術は、最近定着化したようです。昔は開胸して広げないといけなかったので、身体への負担がとても大きいものでした。
  • 僧帽弁に若干の逆流あり。特に問題視する程度ではないが、今後の経過注視必要。尚、健常者でも13人に1人くらいは弁の若干の逆流あり。
 
2016/3/17 33週1日
  • 推定体重2100g
  • 頭大きめだが(+3週)、よく見るパターン
  • お腹を見た感じでも、そんなに大きい赤ちゃんという印象はない
  • 鼻骨がはっきり見える
  • 心臓も特に変化なし
  • 手の指は5本はっきり確認
2016/3/31 35週1日
  • 心臓の状態についての所見は特に変わらず
  • 出生後、大動脈の狭窄・縮窄具合、VSDの大きさを見て手術方式を決定する
  • フォンタン手術を控えているので、感染症に注意する必要があり、1歳くらいまでは人混みへの外出は避けてほしい。飛行機も同じ理由から注意が必要。又、機内で容体が悪くなった場合も怖い。
  • 推定体重2300g
 

38週検診にて羊水過小と判明し、そのまま入院

2016/4/21 38週1日

4/8、4/14と通常通りの妊婦検診を行い、赤ちゃんの体重も順調に増加しているし特段問題はないとのことでした。

しかし38週に入ったところで羊水が減っていることが分かりました。

帰宅は許されずそのまま入院となり、39週に入ったところで子宮口にバルーンを入れ、陣痛促進剤を使って日中に出産できるようにすることになりました。

体重も約2700gまで増えており、十分だろうとのことでした。

少し驚きましたが、自宅で陣痛が来てタクシーを呼んで1時間かかる病院まで行くことに不安を感じていたので、出産前から入院できるのは安心だなと思いました。

 

 

 

 
 
 

切迫早産入院、20日でようやく退院

「出産するまで入院かも」と脅されていましたが、幸いウテメリンの服用によりお腹の張りは落ち着き、20日で退院することになりました。

退院時は妊娠29週3日でした。

 

エコーの度に、頭が大きめと言われる

この頃、なぜか毎回エコーで頭は週数相当より3~5週大きめと言われていました。

実際、産まれてからは体の大きさは普通ですが頭は平均範囲の下の方で小さめです。

未だに、なぜあの頃頭が大きめと言われていたのか不思議に感じます。

 

様々なことを言われましたが、やはりエコーでは限界がありいざ産まれてみると少し違っていた、ということも多々ありました。

なので、あまり気にしすぎないことも大事かなと思います。

 この頃のメモ書きを羅列します。

 

2016/2/5 27週2日
  • 顎の形は小さくないので通常に見える
  • 手と足の指はしっかりしていそう
  • 目の大きさも小さくはなさそう
  • ダウン症であれば、脳の後ろに影があったり、腎臓が腫れていたり、小腸が白っぽく見えたりするが、そういった所見はない
  • 足の長さは週数にしては短い(ただし標準範囲内)が、そもそも足の長さの標準値の決め方はほかの数値に比べてばらつきが出やすいものの為、さほど気にすることではない
 
2016/2/10 28週0日
  • 推定体重1160g
  • 心臓に水がたまっているように見える。出生後成長するにつれ体内に吸収される場合もある。増えるようであれば抜かないといけない。
※この、心臓の水のたまりは出生後重大な兆候だと知りました。心臓がしんどくなっているので余分な水分を排出できず、水をためてしまうのです。そうしてどんどん体は浮腫み、余計に心臓がしんどくなるという悪循環に陥ります。
  • 足の長さは今回27週4日相当
 
2016/2/17 29週0週
  • 推定体重1420g、頭は大きめ
  • 心臓の状態は悪化しておらず。僧帽弁の動きも良く、逆流は見られないと思う
※実際は僅かな逆流があることがこの後判明しました
  • 通常、肺動脈と大動脈の太さは10:9くらいだが、この子の場合は2:1
  • 脾臓はあり。ない場合は肝臓が大きく見えるが、そのような所見はなし
 
2016/2/19 29週2日
  • 推定体重1590g
  • 頭大きめ(+3~5週相当)で、横幅がある
  • ダウン症であれば小さいはず。又、ダウン症の所見である髄液がたまっている様子もなし。前に目と目の間が狭いように見えると言った件も、頭の横幅がある為そう見えるのかも。横幅を勘案すると標準か、標準より少し狭めか。
  • その他ダウン症の兆候である腎臓の腫れ、腸の白っぽさは見られず。足の長さも週数相当。首の後ろは少しシワがあるように見えるが、なんとも言えない。鼻筋はしっかりありそう。
  • 羊水の量は適量。
 

母子同室を目の当たりにするのはさすがに辛かった

息子の心疾患は、産まれてすぐに動脈管を開存させ続けるためのプロスタグランジンの点滴を24時間投与しないといけないので、出産後すぐにNICUに移すと言われていました。

その為、一般的な出産で体験できる「母子同室」というものを体験できません。

そのことは説明を受けていたので理解していましたが、さすがに他の母親が出産後赤ちゃんのお世話を普通にしているのを見るのは辛かったです。

 

私の病院の産婦人科は、周産期母子医療センターでもあったので、妊娠糖尿病等ハイリスク妊婦もたくさん入院していました。

そういった方たちは、出産するまでずっと点滴や厳正な食事管理等何かしら治療を受け続けないといけないので、とても大変そうでした。

しかしそれには出産という終わりがあって、そこまで我慢すればその後は楽しい母親生活が待っているんでしょう、と正直私は腹立たしさも感じてしまいました。

 

又、看護師さんから気軽に「出産楽しみでしょう!もうすぐ赤ちゃんと会えますね!」とか言われるのもなんだか嫌でした。

もちろん待望の我が子と会えるのは楽しみですが、産まれた後は大変な治療が待っています。信頼できるスタッフの皆さんがいるとは言え、どんなことが起こるか全く分からなかったので、安易にそういう声掛けはして欲しくなかったというのが正直なところです。

 

とってもヘルシーな病院食にも飽きた頃、ようやく退院

病院の食事は美味しい方でした。

一汁三菜で野菜たっぷり、ほどほどに温かい状態で提供してもらえたので嬉しかったです。

しかしヘルシーな食事にもその内飽きてしまい、週末夫が面会に来てくれる時は、パン屋さんなどで私の好きなものを買ってきてもらっていました。

ウテメリンの服用のおかげでお腹の張りもおさまってきたころ、ようやく退院の話が出ました。

人生初の入院は、3週間を間近にようやく終えることができました。

 

2泊3日の検査入院 心臓以外に気になるのは染色体異常、そしてお腹の張り

2016.2.2~2.4 妊娠26週6日~27週1日

 

それまで怪我や病気で入院をしたことがなかったので初めての入院でした。

先日の診断から連日ネットで息子の心疾患について調べていると、「手術をしないと予後不良」「三尖弁閉鎖の中でもⅡC型は最も予後不良」「退院できたのは生後半年」などなど、不安になるキーワードがたくさん出てきました。

しかし、お世話になる心臓専門病院は全国でもトップクラスの技術を持ち、症例数も豊富、そして接してくれた先生や看護師さんの雰囲気から、任せて大丈夫だと不思議な安心感がありました。

その為、前向きな気持ちで検査入院にも向かうことができました。

 

染色体の異常はあるのかないのか、はっきりせず

先天性心疾患について調べると、ダウン症などの染色体異常もあるケースがあることが分かりました。

正確には、こうですが。

〇染色体異常がある→一定数で心疾患もある

✖心疾患がある→染色体異常がある

そのことは先生も可能性はなくはないと言っていたので、その兆候についても毎回エコーで確認してもらっていました。

 

結局、

  •  首の後ろの厚みが気になる
  • 小脳の大きさは普通だが、その近くに気になる影あり
  • 耳の位置が少し低いかもしれない
  • 目と目の間が少し狭めか
  • 足の長さは標準より少し短めだが、極端に短くはなさそう
  • 鼻の中心はしっかりしていそう
  • 推定体重1100gと大きめに成長中、ダウン症の場合胎児が小さい場合が多いが、この子は大きめなのでそんなに心配いらないかも

このようにダウン症については気になる兆候はあるものの、現時点では分からないというのが結論でした。

羊水検査という手段もありますが、妊娠26週で胎児への影響もあることから、強くすすめはしないというのが先生の意見でした。

最終的には、ダウン症だとしても出生後の心臓手術の段取りに変わりはなく、正産期まで胎内で育てて大きく産むことが、手術の為には大切ということで、羊水検査はしないと決めました。

 

それよりも、NST検査で判明した私のお腹の張りにより入院延期

妊娠してからも、外回りの営業を続けていた私は、思い出してみると時々お腹がきゅーっと固くなるのを感じていました。特に営業で歩き回っている時。

しかし少し休むとまた柔らかくなっていたので、妊娠とはこんなものかなぁと勝手に思っていました。

 

ところが、念のためNST検査をしてみると、結構な頻度でお腹が張っていることが判明。緊張していたのもあるかもしれませんが、60くらいまで上がっていました。

すぐにお腹の張りを抑えるウテメリンの服薬(3回/日)が始まりました。

しかし張りはあまり改善せず、退院予定の2/4の朝、先生から入院延期するよう言われてしまいました。

先生「お腹の赤ちゃんは産まれてすぐに手術をしないといけないので、できるだけ胎内で大きく育てることが大切です。普通の妊婦さんであれば自宅静養レベルですが、念のため入院してもらいたいです。」

 

まさか自分に問題があるとは想定していなかったのでとても驚きました。

しかも、退院の目途は立たず。ウテメリンの服用でもお腹の張りが改善しなければ点滴の可能性もあり、出産まで入院してもらうことになるかもしれないとのこと。

2泊3日の検査入院のつもりで会社にも報告していたので、その後全く会社に行けないとは! 幸い、お腹が大きくなってきたこともあり入院の直前に主だった仕事の引継ぎは済ませていましたが、細かい仕事は残っていたので心配でした。

少し先生に抵抗しましたが、やはりお腹の赤ちゃんを出来るだけ大きく育てることが一番ということで、入院を延期することにしました。

 

 

心疾患が判明するまで⑶

2016.1.21

 

妊娠25週。

午前中で仕事を切り上げてくれた夫と待ち合わせ、心臓専門病院へ。とても綺麗で驚きました。

 

まず、個室で先生・看護師さんとお話。

これから診察をして深刻な話になるのに、とても朗らかな雰囲気を作ってくれ、リラックスすることができました。

 

5~6人の医師に囲まれ、エコー開始

産婦人科医と小児循環器医総勢5~6人に囲まれ、約1時間エコーで赤ちゃんの心臓を診てもらいました。

さすが心臓専門病院だけあり、これまで妊婦検診で受けてきたエコーとは比べ物にならない程鮮明な映像でした。

前日の総合病院で、同じように大勢の医者に囲まれエコーをされていたのでこの雰囲気に私は慣れていましたが、夫は少し戸惑ったようです。

あの時は胸が痛くて吐きそうだった、と後から話していました。

 

ぶつぶつとアルファベットの専門用語を話し合いながら進むエコー。

滞りなく進んでいく様子に、

(これは何らかの心疾患があることに間違いないなぁ。)

とぼんやり考え、部屋が真っ暗なこと・前日から気を張っていたこともあり、うとうとしていたらエコー終了。

 

先生「少し話し合うので外で待っていてください。」

と言われ、診察室の外でしばらく待つことに。

さすがに、この時は緊張しました。何分くらい待ったのか全く覚えていません。

(どれくらい重度の心疾患なんだろう。無事に産むことはできるのか。手術はどんな手術をするんだろう。)

様々なことを考えていました。

 

4つの先天性心疾患名を宣告

先生からの説明は以下の通りでした。

 

疾患名

  • 三尖弁閉鎖(ⅡC型)
  • 心室中隔欠損
  • 完全大血管転位
  • 大動脈狭窄・縮窄症

 

産まれてからの治療

出生後すぐ
  • チアノーゼが存在する
  • 心臓から肺へ流れる血流が増加し、呼吸障害・血圧上昇し心不全に陥る
  • 下半身への血流は動脈管に依存するが、出生後自然に閉じてしまう為点滴(プロスタグランジン)により維持する
生後早期(1~2週)
  • 最初の手術を行う
  • 大動脈の形成(大動脈狭窄・縮窄があるので、細いところを切除し太いところ同士でつなぎあわせる)+肺動脈バンディング(大動脈に比べ肺動脈が太いので、肺への血流が多くなりすぎ、結果的に心臓に負担をかけるので肺動脈を縛り、太さを調整する)、又はノーウッド型手術(細い大動脈と太い肺動脈をつなぎ合わせ、肺への血流は人工血管を入れ成り立たせる)
6か月~1歳
  • グレン手術を行う
  • その後、フォンタン手術の前にカテーテル検査をし、場合によってはカテーテル治療(側副血行路のコイル詰め)を行う
1歳半~3歳
  • フォンタン手術(TCPC)を行う
治療を進めるにあたって
  • 一度では治療できず、段階的に手術をする。到達には肺への血流が流れやすいことが条件。
  • 心室型の為、機能的根治術(フォンタン手術)をしてチアノーゼをなくす、或いは減らすことが目標

 

疾患名の多さに驚くも、血流の仕組みを考えると納得

この時は、4つも病名をつけられたことに驚いてしまいました。

 

しかし、よく理解すると当然ですね。

大まかに心臓の動きを説明すると、

全身→大静脈→右心房→三尖弁→右心室→肺動脈→肺→(ここから綺麗な血液)→肺静脈→左心房→僧帽弁→左心室→大動脈→全身

となります。初めに右心房に入る血液は、全身を巡った汚い黒色の血液ですが、肺動脈を介し肺に行くことで綺麗な赤色の血液に交換されます。

その綺麗な血液が左心房・左心室に入り大動脈を介して全身に送り出されるので、本来全身を巡る血液は綺麗なものです。

 

しかし、息子の場合三尖弁が閉鎖し、完全大血管転位(肺動脈と大動脈が左右逆についている)もあるので、

全身→大動脈→右心房→卵円孔(心房中隔欠損)→左心房→肺動脈→肺→(ここから綺麗な血液)→肺静脈→左心房→僧帽弁→左心室心室中隔欠損→右心室→大動脈→全身

とややこしい経路になっているのです。

右心房→三尖弁→右心室の経路がとれないので、身体が危機を感じどうにか血液の流れを止めないように左右の心房間と心室間に穴があける等、造りを変えたんでしょうね。

 

そして、肺を介する前後での前半の汚い血液の時と後半の綺麗な血液の時、どちらも左心房を通るので、綺麗な血液と汚い血液が混じり、血中酸素濃度が下がりチアノーゼが出ます。

このチアノーゼをなくし、心臓の負担を減らして心不全をなくすことが今後の治療の目標です。

 

成功率は70%

あらかじめ、単心室型は段階的にフォンタン手術を目指すことは勉強していましたが、生後すぐの「大動脈の形成」「肺動脈バンディング」「ノーウッド手術」などはちんぷんかんぷんでした。

 

それぞれの術法は前述の通りですが、どれになるかはいざ産まれてみてカテーテル検査をし、大動脈の縮窄・狭窄具合がどの程度か分からないと、決められないとのことでした。

すなわち、

  1. ある程度大動脈の血流がある→狭窄部分を切除し太いところ同士をつなげ、肺動脈は太い主肺動脈をバンディング
  2. 大動脈の血流はさほどないが、一定期間はもちこたえそう→まずは両側の細い肺動脈をバンディングし、血管の成長を待ちノーウッド手術(細い大動脈と太い肺動脈をつなぎ合わせ、肺への血流は人工血管を入れ成り立たせる)をする
  3. 大動脈の血流が良くない→肺動脈をバンディングせず初めからノーウッド手術

難易度は下へ行くほど上がります。

ノーウッド手術は心臓手術の中でも最難関クラスらしく、この時は成功率70%くらいだと言われました。

実際、息子は2.の術式となりました。

余談ですが、3.は医龍2の第一話でやってました。最近この動画を見たら、心臓の専門用語が分かりすぎてちょっとテンション上がりました。

到達目標であるフォンタン手術は、成功率90%を超えるとの話でした。

 

胎児の間は動脈管と卵円孔のおかげで生存可能

ここで不思議に思ったのが、こんなに複雑な心疾患なのに、妊娠中から治療を始めなくて良いのかということでした。

しかし、お腹の中と出生後は血流が変わるのです。

赤ちゃんは産まれて初めて肺呼吸をするという話は聞いたことがあるかと思いますが、体内でも肺を介して酸素交換をしていないのです。必要な酸素は胎盤を介し母体からもらっている為です。

ここで重要なものが、動脈管と卵円孔です。動脈管とは、肺動脈と大動脈をつなげる小さい管であり、卵円孔は左右の心房間の穴です。

この二つのおかげで、息子は三尖弁が閉鎖し大動脈が細くても、綺麗な血液を体に回すことができているのでした。

 

しかし、動脈管は出生後約一日で自然に閉じ肺呼吸をする為肺への血流が必要となり、卵円孔も必要がなければ閉じてしまいます。

その為、出産後すぐにNICUに入り、動脈管を開いたままにするプロスタグランジンという点滴を終日投与することになりました。

又、卵円孔については閉じそうになったらカテーテル治療で広げることになりました。

 

初めて総合病院で心疾患の可能性があると言われた時、

私「こんなに胎動もあって元気なのに、病気なんですか?」

先生「お腹の中にいるから元気なんですよ。」

という会話をしました。この時は訳が分かりませんでしたが、ようやく理解することができました。

 

妊婦生活は特に気を付けることはなく、普通に過ごして良いとのことでしたが、心臓以外にも疾患がないか詳しく調べる為、今度は2泊3日で検査入院をすることになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心疾患が判明するまで⑵

2016.1.20

妊娠25週。

次回は3週間後に来るよう言われていましたが、仕事の調整がつかず、5週間後になってしまいました。

普通の妊婦の場合、妊婦健診は我が子の姿・成長を見られる数少ない機会なので、とても楽しみにしているものだと思います。

もちろん私もそうで、この時も

「性別が分かったら教えて下さい♪」

とウキウキしながら寝そべっていました。

 

そろそろ性別が分かるかと思ったら、先生が見ているのは心臓ばかり

早く足のところを見てくれないかなーと思いながらエコー画面を覗いていると、何やら赤色や青色がチカチカするところばかり見ている先生。

私「それはどこを見ているんですか?」

先生「心臓ですよ。」

そう言ったきり随分長い時間心臓ばかり見ています。

不思議に思い、

私「何か気になるところがありますか?」

先生「うーん。この、右下の部屋(右心室)が少し小さいように思うんだよね。それから、ここの(右心房と右心室の間、つまり三尖弁)血液が通っていないように見える。」

そう言われても私は、

(心臓の発育が遅れているのかなー。私がしっかり栄養を摂れば成長するだろう。)

くらいにしか考えていませんでした。

 

しかし、その後もずっと心臓を見る先生。

おまけに、産婦人科の先生全員を呼び出し皆でエコーを見始ます。

*三尖弁閉鎖症は、1万人に1人の珍しい難病なので、勉強の機会だと思って他の先生にも見せていたのでしょう。

この段階で私も少し不安になり始めました。

結局、ほぼ心臓のみ見ただけでエコーは終了。

 

心疾患の可能性があると告げられる

先生からしても、珍しい心疾患だったのでしょう。落ち着いた口調ながらも、医学書を見ながら、以下のことを言われました。

・心臓に何らかの異常がある可能性があり、専門の病院で診てもらう必要がある

・単心室、あるいは右心低形成の疑い

・里帰り出産と言っていたけどそれどころじゃない、手術しないといけないと思う

最後の一言で、ようやく私もただ事じゃないと気付きました。

 

真っ先に思ったのは、

(妊娠しても私がガツガツ仕事していたから、赤ちゃんに栄養がきちんと届かなくて、心臓がうまく発育しなかったんじゃないか、、、)

ということでした。

しかし先生は、

「原因はとても複雑でよく分かっていないので、お母さんのせいではないですよ。ごく初期で心臓が出来る時、何万というレベルでの細胞分裂の段階で少し異常が生じてしまったんですよ。」

と優しく言ってくれました。

これ以降、自分を責めることはなくなったように思います。

 

心疾患児を授かった母親の心情

よく、心疾患児の母親は「私のせいで、、、」「こんな身体に産んじゃってごめんね、、、」と責める場合が多いと聞きます。

産んで1年弱経って思うのは、確かに子供自身は疾患持ちで大変だろうけど、こちらが思う以上に赤ちゃんの生命力ってとても強いです!

そして医学の発達は凄まじく、息子が目指すフォンタン手術も、ここ20年で成功率が格段に上がりました。

将来は、IPS細胞なんかでもっと劇的に良くなるのではないかと、勝手に期待しています。

それに、1万人に1人の確率で息子のような心疾患児は産まれてきますが(何らかの心疾患児は100人に1人)、人それぞれ他の人とは違うところを何かしら持っているものです。息子の場合、それが何も治療をしないと命に関わるだけで。

個性、とまとめてしまのは大雑把すぎて反対ですが、疾患のことを自身でもよく理解し、周りと助け合っていけば良いのではないかと考えています。

後日談になりますが、息子の心疾患のことを周りに打ち明けた時、義父からは

「そういう運命の子なんだね。」

と言われ、とても心が軽くなりました。

また、職場の方たちからは

「あなただから育てられると思って、その子はやって来たんだよ。」

と言われ、自信にもなりました。

疾患の程度は人それぞれで、親としても感じることは本当に様々だと思いますが、私自身はそのように考えています。

何より、一生懸命生きている息子が目の前にいる!

笑顔で、愛情深く接するのが息子にとってもきっと一番です。

 

さて話は妊婦健診時にもどりますが、そうして家から電車・バスを乗り継ぎ約1時間半の心臓専門病院を紹介されました。

その際先生は看護師さんに、

「複雑心奇形の疑いあり、と伝えて。」

と指示していました。

涙でぐちゃぐちゃ、頭はぼんやりしていましたが、その言葉を聞いて何だかとても怖くなったことを覚えています。

 

自分の中で何となく覚悟が決まり、受け入れる

幸運にも翌日心臓専門病院の予約が取れ、診てもらうことになりました。

まずは職場に、明日の午後休の申請をしなきゃと思い、病院から出てすぐ上司に電話をかけました。

覚悟はある程度決めたつもりでしたが、

「子供の心臓に異常があるみたいで、、、」

と話し出した瞬間号泣してしまい、上司も

「いいから明日は朝から休め!」

と言ってくれました。

男勝りでガツガツ仕事をしていた私が泣いていたので、上司も相当驚いたことでしょう。

その後も今に至るまで、温かい言葉をたくさん下さりとても感謝しています。

夫は仕事中だったので、とりあえず要点だけメールを送り、もし休めるなら明日一緒に来て欲しい旨を伝えました。

何だか家に帰る気分になれなかったので、近くのコーヒーチェーンに入り、

「単心室」「右心低形成」でネットを検索しまくりました。

そこで、単心室の場合フォンタン手術という根治手術を目指し、3回手術を受けること、お腹の中にいる間は赤ちゃんは元気でいられること、などを知り、何となく落ち着きました。

ただ、右心低形成の情報はあまりなく、明日詳しく診てもらわないとよく分からないなぁと考えていました。

仕事中の夫から電話が来て、翌日一緒に病院に行くと言ってくれ、もうその時は私も泣かずに落ち着いて会話できました。

 

自宅に戻り、それぞれ親に電話で伝えました。

うちは夫婦ともに実家が遠方なのです。

私の母は、「先生は念のため調べてもらいなさいって言ったんだろうからね。間違いかもしれないらね。」

と言ってきました。

実は未だにこの言葉を思い出すと嫌な気持ちになります。何だか、子供のことを否定、あるいは拒否しているようで。

母は、私を励まそうとしてそう言ってくれたのでしょうが、私としては一緒に受け入れて欲しかったです。

 

翌日、ついに疾患名が判明します。

 

心疾患が判明するまで⑴

息子は自然妊娠でした。
30歳を手前に、そろそろ子供が欲しいなぁと思っていたら自然に授かり、夫婦でとても喜びました。

 

なぜか転院を繰り返す

妊婦健診中、実は病院を3回も転院しました。
元々里帰り出産をする予定だったので、自宅近くで検診のみを受けるつもりで産婦人科を探しました。

 

初めに行った病院は、知り合いも診てもらっていた所で期待していたのですが、何と初回で「来月からうち産科を辞めるんです。」と言われ、近くの産婦人科に転院。

ひとまず、子宮内妊娠であることと、心拍も確認。

 

妊婦健診のみを行なっていた転院先の先生は無愛想でしたが、そんなに混んでいなかったので、里帰りまではここに通おうと決めました。

しかし、出産予約をする為妊娠11週で里帰り出産予定の病院で検診を受けたところ、

「万が一何かあると困るので、分娩施設のある病院で検診を受けるようにして下さい!」

と言われ、また転院することになりました。

その旨を先生に伝えると、

「何かあったら分娩施設のある大きい病院に転院しますけど、、、」

とかなり渋られましたが、どうにか近くの総合病院への紹介状を書いてくれました。

今思えば、あの病院のでエコーはそこまで鮮明でなかったし、あのまま検診を受け続けていたら産まれるまで息子の心疾患は分からなかったかもしれません。

実際、「何か」ありましたよ!大変な「何か」が!先生!

 

ようやく落ち着いたと思ったら

そうして、妊娠してからかれこれ4つ目の病院へ。

総合病院なのでかなり混んでいました。

この時、妊娠20週。

特に何も言われず、私の体重増加をチクリと注意されただけでした。楽しみにしていた性別もまだ分からず。

しかし、妊娠中期の場合検診は通常4週毎なのですが、特に理由を言わず

「次回は少し早めに、3週間後に来て下さい。」

と言われました。

この時点で何かを感じていたそうです。

 

次回の検診でついに心疾患の疑惑が出ます。